桃の入口

桃李園、紙屑に飛沫を跳ね散らして車は視界を塞いだ。新たな傷をこさえた借り物の乗り主は蒼ざめている。もう少し進めば黒雲が辺りに続くだろう。馥郁とした桃を携えた新妻は、光る携帯を手に取って見た。危うい、半端な誂え物の光は桃を彼女から奪ってしまう。見つめるほどに桃は黒みを帯び、折から来る生臭い風と透き通った肌に染みを作るような雨。撚り糸は雨に濡れ、地を這う肉の枝に交る。入口はほんの少し足を伸ばすと見える。厳めしい老婆の皺と皺から、ひそひそと漏れ出る囁き。あずきしかとげないの、そめものでつつんでちょうだい、ちょうだいと一つ一つの声が哀願する。緑に濡れた桃の葉が来客を静かに迎える。主人をも尻目に一見の客を控えめに、しかしよろめきそうな色気で招き入れる。老婆は若さを望み、妬んだ。折り重なった皺が口を開き、朱い口が舌もなくぱくりとこちらに開けてみせる。紅く染められた縁取りと、肉を食むような口々。桃李園を思わず振り返ると、新妻は血の出るほどに手提げ袋を握り締めた。ついには袋を抱きかかえ、彼女はうずくまる。それからどうしたと思う?