雪の飛沫

突然、夢は覚めた。夜行列車の窓から吹き付ける隙間風が、私を現実に引き戻した。しかし、どうしたことか、現実は現実のような実感を伴わず、そこにいる私はいつまでも受動的な、そう、温い水の中にいつまでも揺蕩っているような感覚のままであった。外は雪であった。真闇を時折照らす先には、闇を溶かすような白い雪が映し出される。この寒さはため息を催させる。腹から深く息を吐きだすと、とたんに現実が明瞭な輪郭を持って立ち現れた。乳白色の灰色は、途端にいやらしいまでの暗闇と蛍光灯に収束した。神が命じたことによって闇と光は、世を分かち、秩序を生み出した。廊下の蛍光灯が鬱陶しい。遠くで若者が騒いでいるのが聞こえる。男女交じってやたらな嬌声が聞こえる。普段なら神経は逆立ち、行き場のない殺意がくすぶるのだが、今夜に限ってはあの騒がしさも愛しい。洗面所へ立ち、用を足そうとドアを開けると、灯りが部屋を満たした。突然の明るさに吐き気がこみあげる。汚物の飛び散った床であるにもかかわらず私はうずくまって両手をつき、舐めるほどに排出口へ顔を近付ける。このまま吸い込まれてゆきたい。汚物と同じく私も線路に流されてしまいたい。そう明確に言葉が形をもったとき、頭上の憎々しいほどに眩い灯りはおおきく揺らめいた。
闇が溶け込む。母胎の中にいるかのように、体が穏やかに揺れる。律動する。そしてえもいわれぬ心地好さとともに、排出口に頭から吸い込まれていった。…違う。私はいま、産まれるのだ。一瞬のことであったが滑り込むようにその穴を通り、粘膜とともに私は線路に産み落とされた。一瞬砂嵐が、轟音とともに私の息さえも止めようと襲いかかる。その何もかもが一定の硬質さを持って不確かでありながら、枕木は頭を打ち、体は石の尖るような固さを感じた。鉄板に頬は灼け、車輪は髪や指を巻き込んでゆく。何度も胴体は跳ね、叩きつけられ、私は私でなくなってゆく。どれくらいたっただろうか。冷たい風が意識を運ぶ。わずかに残った視界は光る線路を映し、遠くから深い息遣いと足音が聞こえる。一つ一つが鋭いものに裂かれていくのを感じる。わずかに残った私の光はまた、温い所に放り込まれ、すり潰されていった。

雪の腹を走る。空は地の飛沫を散らし、煌々と照る。私は山奥へ向かう。