応答責任?

たとえば新参者が熟練者の軽いコメントに対してなかなか気軽に返答できない場合がある。
それは経験の浅さ故に、同意することで、結果的にあたかも熟練者と同じ立場でのコメントをすることになってしまうため。知ったようなこと言いやがって、という反感を招きかねない。これが一つ。
あるいは熟練者との感情の疎通がそもそも望ましくないとみなされている環境、あるいは価値観を持つ方であるため。下っ端が同じ土俵でもの言おうなんて100年早え。と。これが一つ。
いずれにせよ、慣れぬ環境であればもの言わぬのが先決か。爾来の愛社精神なんとやらで言えば、積極的な意思疎通が社内の空気をよくしていくきっかけとなるのです云々となるのだろうが、古臭いというか、なぜそこまで人と疎通しあえることを信用し切っているのだろうか。努力すれば道は通じる、夢は叶う、と言っているのとさして変わりないではないか。根性論とも言うか。方向性としては違和感はないが、おおざっぱ過ぎる、とも見える。自分を出す→相手も理解してくれる→腹を割って話せる→仕事が円滑に進む…これって、その昔、気に入らない奴と拳で語り合って「おまえ、なかなか強いな…」「へへっ、おまえもな…(ガシッ)」みたいなマンガ的表現と大した変わりがない。アホか。もう少し細やかに見ろ、と。個々人の性格、能力、地位、関係、相性、影響力など、そして全体の機能、方向性などを検討したうえで、自分自身の性格能力地位相性なんのかのをより精確に見極めながら行動を規定していくべきではないのか。「そんな難しいこと考えなくたってできるって」だと?バカが。んなこと言ってるから「○○とはこういうもの」とか知った顔して言っちゃうんだろ。