こんな夢を見た

当時私は太っていた。三十も半ばにさしかかり、私の腹は脂肪を醜くも蓄えて膨らみ、垂れ下がってゆく。臍から下に続く一筋の小道と、その筋から点々と生えた黒い毛は、まさにこの私の躰のおぞましさを弥増している。
私は、一人の女に出会った。40を過ぎているだろうその女は、ひどく悩んでいた。彼女はこう打ち明ける。「私の中に、何とも言えない虚しさが突然押し寄せてくるんです。その虚しさが最近大きくなって、私の中ではちきれそうになるまで大きくなっていって。いえ、普段はどうもないんです。ただ、娘のことを思うとなぜか。娘もね、別に問題抱えてるわけじゃないんです。今ではお医者様のところに行って薬をもらってるし。やはり娘のことが気にかかってるのかしら。一人で育てるのは無理があるのでしょうか」
聞けば、彼女の娘はひどいアレルギーを持っているのだそうだ。ダニだとか何か、虫のようなものに過敏に反応するらしい。私はこの女に何かしらアドバイスをかけてやりたいような気持に襲われた。どうですか?そう訴えかけるようなまなざしで彼女は私を見つめてくる。その時、私は何も有益なことを彼女に伝えることができなかった。
またある日曜に、私はたまたま公園でその女に出くわした。彼女はあれよりさらに蒼白で、やつれがひどくなっていた。あ、とこちらに気づくと、私の元にやってくる。この時、私の中で何かがひどく警告していたのだ。この女と話してはいけない!絶対にだ!……言いようのない嫌な予感が私の中に押し寄せてくる。こんにちは、と彼女が微笑みかけてきた。私は愛想笑いを浮かべながらも、その中では何か得体のしれないものが荒れ狂っているのを留めることができないでいる。不意に、噴水の脇に座る少女の姿が私の視界に入ってきた。長い黒髪の少女は軽くうなだれるようにしてそこに腰かけている。まるで人形のようだった。身じろぎもせず、ただうつむいた先の地を見つめていた。
あれは、もうすでに骸(むくろ)なのではないのか。
突然、直観が私の中に貫入してくる。あの少女はもはや生きてはいない。あの中はがらんどうだ。砂でできた容器のようなものだ――戦慄が走った。
――あそこにいらっしゃるのが娘さんですか?口をついて私は女に問うていた。彼女のその蒼白の顔が、一瞬にして土気色に変わっていく。驚きと恐怖に見開かれたその眼は、いったいその時誰を見ていたのだろうか。「え、ええ、そうです。なぜお分かりになって?」いえ、何となくです。何となく。そう答えて彼女を見ると、すでに彼女も流砂でできたがらんどうの砂の器であった。いや、よく見ると砂だと思われたその粒々は小さな蟻であった。蟻が彼女にたかっている。彼女はすでにこの世のものではなかったのだ。私は激しい罪悪感に襲われた。もうその場にいることもできず、適当にごまかして早々にその場を立ち去った。振り返りこそしなかったが、彼女は眼球のない落ちくぼんだ眼窩から涙を絶え間なく流し、その口は真っ暗な空洞を開いてこちらに呪詛を吐いている。そう確信された。もはや振り返ることはできなかった。なぜ見てしまったの先生。先生。彼女の口は嘆きともつかない呪いを私に吐き続けていた。
それからしばらく経って、同僚から女が死んだという知らせを受けた。そして娘は、母の死後見る見るうちに回復していったのだそうだ。私は知っていたのかもしれない。あの女と娘は二人で一つであったが、しかし互いを冒しあっていたのだ。細く、しかしどうやっても切れそうにない糸を二人の臍から出し、お互いをつなぎとめていた。公園であったあの時、おそらく女は、すでに娘の形代となっていたのだ。形代になった女はあとは崩れ落ちるしかない。・・・しかし、私が娘を見つけたのがいけなかったのか?女の本体を見破った私が、彼女を殺してしまったのかもしれない。再び、とてつもない罪悪感とこの世のものとは知れぬ者に出会った恐れが襲いかかってくる。彼女は、誰だったのか?