小説・2

目を閉じた次の瞬間、覚めていた。朝が来たのだと思った。
体にこびりつく疲れを感じて布団から身を起こす。その瞬間が今までになく辛かった。
いつものことだ、そう言ってしまえばよかった。また今日も始まり、何とかやっていけるだろうし、いつのものようにまた次の朝を迎えるため布団にもぐりこむ、ただそれだけのこと、それだけのことだ・・・それで済むはずなのに、視界が段々と暗くなる。


こんなことは今までになかった。
眠りに落ちているわけではない。かといって、体を動かすこともできない。視界が体の内側、奥へと沈みこんでいった。
絶望や諦め、無気力といった言葉がこの気持ちを表すのには一番近いだろうか。
鬱、というやつかもしれない、と彼は思った。そういえば、知人の鬱病を聞いて調べたことがある。他人事だったはずのことが今自分に起こっている――そう思うと不思議な感覚だった。


ぞぞ、と右の耳に衣ずれの音がする。蛇だ。とたんに彼の神経は外に向かい、直感した。
「隣のむくろの石地蔵 袖をせせって泣いておる 己の耳の草むらの 転がる足には毛が生える」
歌っていた。訳も分からず背筋が凍った。しゅう、しゅうという鋭い息と、とぐろを巻くような衣ずれの音。
喰い殺される、そう思った瞬間に彼は外に走り出ていた。まだ日も昇らぬ早朝に完全に目覚めていたし、あるいは眠っているともいえた。何かが自分を駆り立てているようで、ひと時も立ち止まってはいられなかった。


朝まで歩き続け、気が付くと高架下の暗がりに、彼は身をうずくまらせていた。
蛇が耳元で囁き続けていた。