上司、ピザ、猫

近頃変な夢ばかり見る。去年まであまりに暇な生活をしていたからか、いちいち書類を提出せんならんのが本当にうっとうしい。しかし提出しないと必ずと言っていいほどネチネチとあの美人上司に厭味をこぼされるのだ。ああ、私の前でそんな醜い姿を見せないでくれ。年上好きの私にとって、美しいあなたがそんな醜い顔や言葉を吐くなんて信じたくない。信じられない。そう、私は恋をしているのだ。少し皺のいったその御顔をいつまでも愛でていたい。その穏やかで上品な声を聞いていたい。だから、もう私のためにそんな姿を見せるのはやめてくれなんて、事実問題の所在は俺にあるのをすっかり忘れていたわいわはは。近頃の年上は躾がなっとらん。後輩に対してな。もっとこう蠱惑的な、悩ましげな表情で、あなたのことを考えると苦しいの、なぜならあなたが本当に無能だから。ろくろく仕事も手につかないわ。あなたが連発するミスの尻拭いしているのは他でもない私なのよ。それになんだか胸がドキドキするの。あなたがいつ面倒事を持ってくるかと日々悩んでいたら、高血圧で不整脈って言われたわどう責任を取ってくれるの。もちろん支払はあなたの体よ。あなたがこの会社を辞めてくれればことは済むの。疫病神の後輩さん、二度と私の前に汚い面を見せないでね。でないと私死んじゃう。それともあなたを殺して私も死ぬわ。そう殺したあなたの体を細切れにして、屋台の肉まんの材料に売り飛ばし、使えないところは私の知り合いの養豚場の餌にする。いわば肉骨粉ね。豚どもがかつてあなただったものをガツガツと喰いちぎっていく光景を目に焼き付けて、これからの生きる糧にするわ。私に逆らった奴はみんな肉骨粉よ。判ったかしらってそんな女性が俺の好みだ。あの人なら俺の腹の周りについているラブタイヤをささげてもいい。今朝もおれは、俺の脂肪と今年8歳になるデブ猫の重さで息苦しくて目が覚めた。さすがに深夜を回る業務のおかげでろくに眠れず、しかも憂さ晴らしに夜にこってりしたものを食っていたおかげで俺は見るも麗しき肉塊になってしまった。おとつい全身鏡を見た時は驚いた。全身鏡のはずが、俺のこの肉体美を映しきれていないのだ。だから安物を買うのは嫌だったのだ。買ったときはこの肉体美を余すところなく映し出していたと言うに、今では古女房みたいな態度で誠実さの欠片すら見せやがらない。鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番醜いのは『あなたです』っててめえ、皆まで聞かずに答えやがった。なめてんな。鏡にまで舐められきっている俺はそれでもあの美人上司を心の底からお慕い申し上げているのだ。もう隅々まで舐めて呉れ、腐臭を放つ俺の軆を舐めて呉れ、それだけで俺はもうこの世の果てまで飛んでしまう。俺はその夜北極星に我が子を心行くまで飛ばしたのであった。
翌朝目が覚めると、何やら部屋から異臭が漂っている。さて、確かにゴミ袋は部屋の半分の容積を占めており、来る夏に向けて着々と醸し出されているのが手に取るように分かる。俺の体もまるで洗っていない犬のような臭いがする。さすがに1週間ほど入浴していなかったのが問題であろう。しかし、これはそんな臭気密着型の我が家に漂う懐かしき香りとも違う。これは生モノが腐ったときの臭いだ。古き地層を掘り起こして見ると、なんと、我が家の今年8歳になるデブ猫ユータローが下敷きになっているではないか。可哀そうにユータローは私が昨晩疲労困憊してご帰宅を果たしごろりと横になったとき私のクッション代わりになってくれたのであろう。まるで立体化した虎の皮だ。しかしなんと見事な皮であろうか。私が寝敷いた愛猫は、一晩のうちに永遠の存在へと昇華されたのだった。ありがとうユータロー、お前の分の食費もおれが余すところなく使ってやるからな、と心に呟き、それをとりあえず乾かすために尻尾をつかむとボトボトボトボト・・・・なにやら赤黒い液体と白い蠢く米粒が床、というかゴミ袋の絨毯に滴る。ユータローは宙につりさげられた時、イサナミノミコトよろしくその聖性を一瞬のうちに土に還し、思わずそれを地に落とした私がその次に気づいたときにはゴミ袋は全て処分され、ユータローも恐らくその中で生ゴミと化したのだろうと容易に推察された。