ネットでの表現手段云々

人のこと言っている場合じゃないんだろうけども、ブログという手段がもはや定番化、さらに旧態化して久しい。だってそうだろ、簡単に見りゃ掲示板やML、チャットはいまだにあるわ、SNStwitterや、pixivやflicker、教えて系もできて各コミュニティの住み分けもできてきている(もちろん複数にわたることもある)。そんななか、自作のHP見ていると、もっと正確に言うと明らかに自分で作っただろうという洗練されていないHPを見ると何とも悲しくなってくるんだ。そんなんで喜ぶ人はいないよって。そりゃ時代遅れだと言ったら身も蓋も元も子もないんだけど、少なくとも表現する側に当たる職業についている人はそこ当たりもう少し意識してもいいんじゃないの。見ていて不快になるくらいスピードの速いflash、聞きたくもないのにわんわんと流れる音楽、これらを選択することもできず閲覧しなければいけないようなサイトに本当に人が集まるのだろうか?もちろん行くところまで行ったらこういうのを楽しんでくれる人も出てくるかもしれないが、そんなのを集めてどうってことはない。興味本位でやってくる野次馬ばかりだ。あとコアなファン。「コア」ってところを意識すべきだ。「分かる奴にしか分からない。それ以外は来るな」なんて言ったら負けでしょ。もし知名度や、それに伴う身銭を稼ごうと思ったらそれなりの工夫をしなきゃね。本来の目的と自分の意地がずれまくってて、自分が何をやっているのか分からないなんて人も多いんじゃないんだろうか。
そんなことをグダグダ偉そうにいった上で、では自分はどうなのか。そりゃこんな改行もせず、洗練もさせないような文章を読む人は少なかろう。じゃ何か工夫をするのか?答えは「しません」だ。まず面倒くさい、そしてここは営利目的ではない。もちろんネットにこんな駄文をわざわざ載せているのだから自意識の嫌らしさをそこに嗅ぎ取ってもらってもいいのだけど、基本的にここは自分が気楽に何事かをうだうだと書き連ねることを本来の目的としている。だから個人情報はできるだけ載せないし――それを言ったらもっといろいろやるべきなんだろうけども――、ほかの人を名指しであからさまに吊るし上げるようなことをするつもりもない。つまり毒にも薬にもならねってこった。「こんな文章を読んでいる人は人格偏倚性が疑われる」と某氏*1についての文章でなんだかんだと言っていたのはまあ置いておくとして(なんであそこばっかアクセスされるのかな。所々であの人が活動してるんだろうね)、お好きに読んでください。こちらは排泄物とまではいわないまでも掃き溜めかもしれませんが、どうぞお読みになってください。世の中に欲望は人の数だけある。その中で自己満足に浸っている人間が一人いると思ってくれれば結構です。ああ胸糞悪くなってきた。