御腹立ち・承前

お前の言うことはさっぱりわからん。私にそう言い放った奴がいた。
正直、三べんも説明をさせたのにそんな仕打ち受けるとは思っていなくて、でもどこかで想像していたような気もする。あいつの名前も三田だ。それを分かっててこんな下らないことを仕掛けたのなら、もう俺はあいつを絶対許さん。
だいいちあいつから俺に意見を求めてきたんだ。俺はあいつとつきあいが始まったころから、俺はロクなことがいえないぞって言ってたんだ。説明的だとかつまり面白いこと言えないってことも伝えていたし、実際あいつにベラベラ酒も入ってないのに、俺が一方的にまくし立てて、結局お互い気まずい気分になったときだってあった。俺はその時、もうこうやって人に伝えるのはやめよう、と思った。ダラダラと自説を披露しても誰も喜びゃしねえ。それならいっそ、必要な時に簡潔にズバリ一言ってのが一番だ。実りのない労力を使うのはもう嫌だ。そう思ってたんだ。
そして昨日、奴はなぜか俺に、なんとエヴァンゲリオンのことで議論を吹っ掛けてきやがった。俺がリアルタイムで14だった時に放送されたあの呪わしいアニメを今頃になって持ち出してくるとか、本当に何考えてんだって思った。一応、誤解しないでほしいんだけど俺は被害妄想だけで言ってるんじゃないってことを分かってほしい。もちろん初めは断った。だって、こいつは今更だけど、俺から見ても相当に中途半端な知識しか持ってなくて、その割に考えも浅いし、自己主張ばかりするから周りから嫌われていた。要するにKYってやつだ。もっと言うとバカだ。単なるバカだ。そいつがどこで仕入れてきたのか、シンジとアスカの関係はアダムとイブだとか訳の分からねえことを言ってきたんだ。茶吹きそうになったよ。こいつは26にもなってこんな下らないことで時間つぶしていたのか。仕事しろよ、まったく。誰でも知っているだろそんなこと。っていうか、そんなしょうもない一時的な仮説なんて誰が今更になってやってんだよ。
まあその内容はともかく。あいつのことを思い出すと腹が立ってしょうがない。つい話がそれてしまう。この日はちょうど本社にいて、外回りもなくて相当気を抜きまくってた。一服するのもすごいしあわせだった。そんな時にあいつが来たんだ。俺が微妙に人当たりを良くしてるのがまずいんだけど、喫煙室に入ってきて奴はものすごいでっかいため息をつく。まるで自分だけが激務にさらされてるみたいな顔だ。正直に言って本当にうんざりだ。ハアアーじゃねえよ殺すぞ。おめえの不細工面でこれ見よがしな態度とられると疲れが倍になるんだよ。で、俺を見つけるとだるそうな足取りで目を合わさずに両足を引きずって歩いてくる。完全に人をなめきっている証拠だ。俺の前に立ち止まると、おもむろにタバコをくわえて「君、エヴァンゲリオンって知ってる?」上目づかいで聞いてくる。何かの嫌がらせか。俺が微妙に趣味が偏ってんのは結構周りに知られていたし、しかもこんな奴と趣味談義するほど仲がいいなんて思われると、ますます俺の印象は悪くなっていくに決まってる。奴は他の部署ながら良くない噂が上の方からちらほら聞こえてきた。少なくともそれを総合すると、あいつは有能とは思われてはいないし、むしろ無能なくせに上司にやたらと突っかかって来る、しかし妙なコネクション、こっちの利益になるような条件を変な所から引っ張ってくるというので扱いに困っているという。そんな奴に俺は目を付けられたというんだ。冗談ではない。そんな圧力の強い職場ではないとは言っても、あまり大きなことになってはやっぱり居心地が悪くなってくるのは目に見えている。まったくエヴァンゲリオンじゃねーよ。こいつはキ○○イか。ていうかお前がエヴァを語るな。